自分を愛するって何だ

「そのままの自分を受け入れよう」

「そのままで自分は尊い」


などと言われることがあるけど、

どうやったらそんな風に考えられるようになるのか。

難しいけど、取り組んできた。


恐らく、いまは、その途中。

50パーセントくらいの自分を認め、受け入れ、愛せるようになってきたと思う。



その途中経過の私の見解を、まとめていく。



取り組み始めたのが、半年前。

何をやるにもブレーキがかかり、

「個人事業主として独立したい」と思っていても、

「私には無理」「もう一生無理」「何も実現しないまま一生を終える」

「もっと不幸になって一生を終える」


といった具合に、

全くいい未来が描けなかった。



それでも、会社員として働くのはとても窮屈で、

「もう絶対に勤めない」ということだけ決めていたので、

とにかく、苦しいけど、行動だけは頑張ってする!!!というのを繰り返していた。



例えば、「ブログを書く」「イベントを企画する」「フェイスブックライブ」などもそう。


幸運にも、開始して数ヶ月でお客様から依頼があり(当時ブームのお片づけの仕事)、

関わらせて頂くも、やりとりが苦しい。


「このメールの文章だと『何だコイツ』と思われたんじゃないかな?」「本人がちゃんとできているか確認したいから、メールしたい。でも、『プロなのにそんなこと聞いてくるのか』とか思われる」・・・そんなことばかり考えていた。


今、書いてて本当にびっくりするけど、

よくそれで仕事やってたなーと思う。


思考のクセなので、今でもそうなるのかもしれないけど、客観的に見て、そりゃ、苦しいでしょ〜。


お客様の幸せのための選択、というよりは、自分が悪く見えないための選択。完璧な仕事をするための選択だったと思う。




半年経った今はというと、

その気持ちが半分くらいになっています。


自分が大切だと思ったら、お客様に率直に聞く。悪く思われるかもしれないけど、失敗したら、その時できる限りのことをする。

という選択を、していきたいと思っている。



私の中で何が変化したのか。


大きいのは、

「結果にこだわる」から離れ始めた。

ということだと思う。


それまでは、ウソでもいいから、結果を出したい、という気持ちも、正直あった。

嘘はなかったけど、“ウソでもいいから”  は、あった。



嘘で創り上げた結果が出たとしても、それを誇りに感じていたと思う。

当の本人が、どんなに未熟でも、結果が出ていたら、ヨシとしていた。

例えば、めっちゃ人気になったり。すごくお客様が増えたり。


とにかく、「活動したら、ほら、やっぱり成功したでしょ」みたいなのが欲しかった。



でも、それって、本人が

「本当は違うのに」って思っている限り、

納得はできないし、

もし周りから「すごい」って思われていたとしたら、

「え?本当は全然すごくないじゃん」って思われないために、全力を尽くす。取り繕うのに必死になって、

更に苦しくなって。


実際は、「すごい」なんて思われていなかったとしても、

「全然何もない」ってバレてるのに、

勝手に本人だけがそう思われてるって勘違いして、それを守ろうとしたり、

逆に気づいてもらえてないことにビビって、「いや、こんなに過去の栄光がすごいからさ」って必死にアピールする、ってこともある。



そーんな風に生きてきた。



じゃ、本当の自分はどうなん?に向き合えない。


こうだったのは全部、

「結果が全てを表すと信じていた」ということだと思う。



本当の自分に自信がないから、

過去の栄光とか、嘘でもいいから、結果が出たらそれにすがりたいと思う。



今は、

自信があるかどうか、よりも、

「どうしたいのか」に注目するようになった。



「結果」よりも、

「私はどうしたいか」

に注目できるようになった。もちろん、100%じゃない。まだ50%くらい。



「結果が出なかったら、やっぱり私はダメなんだ、と確信するから、怖い。」と思っていた半年前に比べて、

「結果が出ないかもしれないけど、今はこう生きてみたいい。その方が未来が明るい気がする」

そんな気持ちでいる。




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『こはなのか』主催。加東かな子のブログ。ライフコーチ・ライター。島根県益田市。

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